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神戸地方裁判所 昭和40年(ワ)591号 判決 1966年3月26日

原告 宮崎政治

右訴訟代理人弁護士 清木尚芳

被告 国民金融公庫

右代表者総裁 石田正

右代理人 山口桂

<ほか一名>

右訴訟代理人弁護士 大白勝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告の求める判決

「被告の原告に対する神戸地方法務局所属公証人竹中義郎作成第八五、二四五号債務弁済契約公正証書に基く強制執行は之を許さず」

請求原因と被告の抗弁に対する反論

一、原被告間には訴外馬子田二一を債務者原告を連帯保証人とする別紙目録の債務名義が存在する。

二、然しながらこれは法律行為の要素に錯誤のある無効のものである。即ち昭和三八年六月頃訴外植田光雄が同馬子田二一に住宅修繕の費用として金四〇万円を公の金融機関より借りられる手続方法を相談したところ馬子田は被告より融資を受ける手続をしてやるというので植田はその融資申込書を原告方に示し保証人たるの署名押印を依頼して来た。原告は娘婿たる植田が借主と信じ連帯保証人たることを承諾して印刷文言以外は白地の申込書の必要欄に署名押印し、更に同年一一月末、金が出るようになったといって、植田光雄が印鑑証明書を求めて来たのでこれを渡したのである。然るに馬子田は書類を悪用して自己を借主となし原告の印鑑証明書とともに被告に差入れ金員を借用し費消してしまったものである。保証債務を負担するについて、主債務者が誰であるかは最関心事であり、原告は神戸市交通局勤務の月給取で返済に間違いなく、信頼のおける植田が借主であればこそ原告はこれに連帯保証をしたのであり馬子田が借主なら連帯保証をする理由もその意思もなかったものであるからこの意思表示は要素に錯誤のある無効のものであるからその執行力の排除を求めるため本訴に及んだ。

三、被告に重大な過失はない。被告が昭和三八年一〇月一六日馬子田より借入申込を受け、同年一一月二八日、四〇万円を融資したというのであるから公の機関たる被告はその間原告に連帯保証の事実について確認を行うべきである。被告がもしこれを行っておれば原告は借入申込をしているのは植田でなく馬子田であることを知り融資迄に連帯保証を取止め得た筈である。借用証書や借入申込書の連帯保証人欄の署名押印、や保証人の印鑑証明の提出が融資と同時に為される制度なれば、原告に不注意ありといえるかも知れないが申込と融資迄には約半年あり申込書提出当時には果して融資を得られるかどうか未定の状態にあるから原告としてはそれから連帯保証人の信用調査、連帯保証の確認があり、又融資決定の通知後現金の授受があると考えるのが当然である。然るに被告はこれらのことを何もせず馬子田に現金を渡しているのであり、斯様な取扱いでは一方的に原告の過失と責めることはできず被告の過失と比較せば原告の過失を重大なものとはいえない。

被告の求める判決

主文同旨

答弁と抗弁

一、原被告間に別紙目録の債務名義が存在することは認めるが他は凡て争う。即ち昭和三八年一一月一一日被告方の職員米山雅男が電話により原告に照会したところ原告は馬子田の連帯保証人となる旨を回答し原告は債務者が馬子田なる借用証書に連帯保証人として署名押印しているから債務者が馬子田であり借用金の使途が設備資金であることを知っていたのであるから要素の錯誤はない。

二、仮りに原告に錯誤があるとしても、即ち、原告が印刷文言以外は白地の借入申込書、及び借用金額、使途、利率、借用期間以外は白地の借用証書の各連帯保証人欄に署名押印したとしてもこれらの書類には借主の署名押印欄が明記されており、先づ借主の植田に署名押印せしめることが容易で当然の事理であり、原告、植田、馬子田が同席で申込書に署名押印した際、植田が借主として署名押印することを申入れたところ、馬子田よりその必要はないと断られた際、当然危惧の念を抱くべきなるに漫然と同人の意に従い、又印鑑証明を交付したのは社会通念上当然、払うべき注意義務を怠ったもので重大な過失があるから原告は無効の主張を出来ない。

(立証)≪省略≫

理由

一、原被告間に別紙の如き債務名義が存在することは当事者間に争がない。

二、≪証拠・証拠判断省略≫によれば、訴外植田光雄は原告の娘婿で神戸市電の職員なるところ昭和三八年六月頃同人方へ出入りしていた訴外馬子田二一に対し、住宅の改築資金として四〇万円の金員を借りたいが低利で借りれるところを世話してくれと頼んだところ、同人はこれを承諾し、最初は信用保証協会のようなところの話も出たらしいが結局被告の方で借りてやると申出たこと、その為には保証人が要るということで植田は岳父の原告にそれを依頼したところ原告は植田が借りるのだということでこれを承諾したこと、そこで馬子田は被告方で用紙を入手し原告方に至り印刷文字以外は凡て白紙のまま原告に連帯保証人欄への署名押印を求めたところ原告はこれに応じ借入申込書(乙三号証)と借用証書(乙一号証)の連帯保証人欄に必要な記入と、署名押印をなして馬子田に渡したこと、馬子田はこの借入申込書(乙三号証)を以て被告に融資を申込んだが植田や原告に対しては植田が借主で原告や馬子田はその保証人になるように装っておったに拘らずその実被告には自分の営業に必要な運転資金や設備資金のための金融を申込んだこと、かくて被告は馬子田の申込を信じ種々の調査をなし且つ原告が連帯保証人であることを認め、馬子田に金四〇万円を融資することを決定し、同年一一月二八日馬子田の提出する借用証書(乙一号証)に基き馬子田に金四〇万円を融資したこと、被告はこの融資に当り馬子田に原告の印鑑証明を要求したため、馬子田は原告方に至り原告の印鑑を要求したが原告は馬子田に渡すことは出来ない、植田を連れて来いというて来たため馬子田は植田を同道して原告方に至り植田が原告の印鑑を借り必要な印鑑証明を得て馬子田を通じ被告に渡したこと、原告も植田も借主は植田であり借りた金は当然植田に渡されると思っていたが馬子田はこのことを秘匿し、自分の名で融資を受けるとその金員は植田に渡すことなく自ら費消してしまったこと、従って原告としては借主は植田であると思って連帯保証人となったのに実際は馬子田であったのであるからいわゆる表示機関の錯誤によって馬子田のために連帯保証人とされたことの各事実が認められ、これに反する証拠は信用しない。この点につき証人米山雅男は乙二号証の信用調査表にあるごとく、連帯保証人としての原告を調査するため同年一一月一一日原告方へ電話し、原告にその旨を述べ、原告が神豊海運株式会社の会長で月収八万円、会社の資本金は一〇〇万円、使用人が三〇人ある旨をききその通り調査表に記入したから原告は金員の借主は馬子田であり原告がその連帯保証人であることを知っていた筈であると述べ、斯様な細い点は原告から直接きかねば分らぬともいえるがそうばかりもいえないし原告方には原告以外の家人もあり電話で確かめたというだけでははたして話相手が原告であったかどうか不明という外ないので米山の電話をきいた相手が原告であり従って原告に錯誤がないという主張は採用できない。而して連帯保証人となるものは債務者が誰であるかは重要な関心事であり原告は借主が娘婿の植田なればこそ保証したということがいえるからこれは第三者たる馬子田の詐欺により原告が連帯保証したものではあるが要素の錯誤により無効だということもできるから原告の主張は理由がある。

三、然しながら前掲の各証拠によれば貸主が被告であることはつとに原告の知るところであり被告の業務が事業資金を貸すのを目的として存在し住宅のためにある住宅金融公庫とは別の公庫であって、事業資金ならざる住宅改築の資金を俸給生活者の植田光雄を借主として被告から借りられるものであるかどうかは普通の常識として少し研究すれば判明し得る性質のものであること、乙三号証たる借入申込書も注意してみれば、連帯保証人欄は一名で二名でなく又これを住宅のための融資申込と解し得る個所は殆んどなく借入申込人欄は何らかの事業を営む者を対象としていることがよくわかり植田光雄が借受人たり得るかどうか確め得る性質のものであること、原告が借主が植田光雄なればこそ連帯保証したといって植田光雄であることが重要な要素であることを力説するなら、植田光雄ならざる馬子田二一が持参した書面に債務者の署名押印もないものに軽々しく署名押印して渡した不注意があること、連帯保証というのは重要なことであるから馬子田の行動についてもっと慎重な注意をなし得たのにこれを怠ったこと等は表意者に重大な過失ありと認めるのを相当とする。尤も被告の方としても電話による確認に止めず、直接原告に面接し確認しなかった点に不十分なものがあるといわねばならないが正式な原告の印鑑証明も揃っているのであるからこれを以てしても原告に重大な過失ありと認める妨げにならないものと解する。この解釈は原告には不満であろうし批判の余地なしとしないが相手方のある意思表示について第三者が詐欺をしたときは相手方が詐欺の事実を知った場合のみ取消せること、権限踰越の意見代理には相手方が保護せられねばならぬこと、錯誤無効の規定が表意者の保護に傾き過ぎ批判の余地多きものであることに鑑み支持に値するものと解する。

四、されば原告は自分に錯誤ありとするも重大な過失あるの故を以て自ら無効を主張し得ないものというべきであるから、原告の請求はこれを棄却することとし、訴訟費用に民訴法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 菊地博)

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